昭和32年卒
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天野守信
(文化)
 

在学中からピアニストとして合唱部の活動にかかわり、同志社大学(英文)へ進学後も、同大グリークラブに入部して指揮者などをつとめた。卒業後、丸善石油広島支店に在籍していた時、その優れた実力を惜しむ崇徳高校関係者から英語教諭と掛け持ちの形で合唱団立ち上げに協力してほしいむね要請され、1968年(昭和43年)同校に転じ、高等学校の男声合唱団としては全国的にも珍しい「崇徳高等学校グリークラブ」の創立者で初代指揮者・音楽監督を務めた。その華麗な足跡は2000年(平成12年)の引退に至る32年間に全日本合唱コンクールなど全国大会には21回出場して金賞10回、銀賞8回、銅賞2回、優良賞1回をそれぞれ受賞しているが、白眉ともいうべきは、1990年(平成2年)3月28日、アメリカはニューヨークの世界の音楽の殿堂”カーネギーホール”公演で大成功を収めたことだろう。「青少年のためのオーケストラとコーラスのコンサート」に初めて日本の学生合唱団の代表として招かれたもので、ささやかながら民間外交の役割を果たした功績は大きい。

​2004年(平成16年)7月没

三宅一生
(文化)
 

世界的ファッションデザイナー。多摩美術大学卒業後、パリ洋裁組合学校「サンディカ」で学ぶ。1966年にギ・ラロッシュのアシスタント、その後ジバンシィのデシナトゥール(完成した服を絵にする仕事)とパリで4年修行した後、1969年、ニューヨークへ移り既製服の経験を積む。1970年、日本に帰国後、「三宅デザイン事務所」を設立。1973年にはパリ・コレクションに初参加。

1993年、フランスレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ、イギリスロイヤル・カレッジ・アート名誉博士号授与。1998年文化功労賞、1999年米『TIME』アジア版に「今世紀最も影響力のあるアジアの20人」に選出、2005年、第17回高松宮殿下記念世界文化賞(彫刻部門)など数々の賞を受賞。

​2010年広島市名誉市民に、さらに同年文化勲章を受勲。