​昭和29年卒
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城仙泰一郎
(医療)
 

昭和35年東京慈恵医大卒。岡山大学泌尿器科助手、国立岩国病院泌尿器科主任部長、広島市民病院泌尿器科主任部長を経て平成10年、広島で初めてのホスピスを立ち上げるべく広島市西区田方2丁目16-45の美鈴が丘団地行きバス道路に面した丘陵地に建つ広島パークヒル病院副院長として着任。この病院の経営母体は山口県宇部市に本拠を置く医療法人和同会で、併設の「西広島ホスピス」がスタートしたのは2年後の平成12年だった。同一敷地内に介護老人保健施設、通所リハビリテーション、訪問リハビリテーション、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、認知症対応型共同生活介護、介護付き有料老人ホームを設置し、在宅医療、介護等との連携を有機的に行い、人と人とのつながりを大切にした医療・リハビリテーションを提供している。診療科は、内科、リハビリテーション科、脳神経内科、放射線科の4科で、病床数は114床(回復期リハビリ46床、医療療養50床、緩和ケア18床)。

竹林守
(経済)
 

広島大学工学部卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。1988年取締役本社工場長、1989年取締役防府工場長、1992年マツダ米国工場取締役社長、1994年マツダ専務取締役、1995年代表取締役副社長、1997年代表取締役会長、2000年相談役を歴任。​財団法人日本規格協会理事広島支部長、財団法人ひろしま産業振興機構理事運営委員長、独立行政法人科学技術振興機構イノベーションプラザ広島総館長なども務めた。

松尾聰
(経済)
 

広島大学工学部卒業。カルビー創業者松尾孝の長男で、1987年から第2代カルビー代表取締役社長を務めた。1992年会長。2001年会長退任。一般社団法人グリーン・ファミリー代表理事を務め、2014年には母校国泰寺高校及び広島大学に給付型奨学財団を設立した。

​2020年7月3日没