​明治44年卒
山下義信
(政治・社会)

呉市出身、明治大学中退後、実業界に進む。大正13年、広島日刊新聞社長、のち百貨店経営、社会事業に携わり、昭和20年原爆孤児のため私財を投じて「広島戦災孤児収容所」を創設。昭和28年広島市に移管され「廣島戦災児育成所」と改称、財団法人を経て社会福祉法人となり、孤児を中心に計312名が巣立った。昭和22年、広島県選挙区から衆議院議員に初当選(社会党)、2期務めた。その間、千鳥ヶ淵戦没者墓苑の建設を推進し役員を務めたほか原爆遺児後援会会長なども務めた。浄土真宗本願寺派の僧籍を持ち、童心寺(五日市町)の住職も務めた。昭和41年、勲二等瑞宝章を受賞。

​1989年(平成元年)没。

田中貢
 
(政治・教育)

呉市出身。第一高等学校を経て東京帝国大学法科大学政治科を卒業し、明治大学教授に就任した。1921年(大正10年)より東京帝国大学経済学部講師を兼ね、同年から欧米で経済政策・社会政策を学び、翌年帰国。1925年(大正14年)には、明治大学より商学博士の学位を受けた。1930年(昭和5年)、衆議院議員総選挙に出馬し当選、以後5回当選を果たし、1946年(昭和21年)6月に議員を辞職した。その間、陸軍省の委嘱でドイツとイタリアの経済・財政政策を視察した。そのほか内閣調査局参与、大日本産業報国会理事・国防経済研究所長、王子製紙㈱顧問を務めた。

​1961年(昭和36年)没。

細田民樹
 
(文化)

小説家。早稲田大学英文科入学後、小説「泥焔」を「早稲田大学」に発表。卒業後、軍隊生活を素材にした「或兵卒の記録」を刊行し陸軍省から抑圧された。プロレタリア文学の作家として活躍した。代表作は「黒の死刑女囚」「犬吠崎心中」「転向者」「広島悲歌」「ビショップの輪」など。

​1972年(昭和47年)没。

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