​昭和11年卒の人物
山本朗​(やまもとあきら)
山本朗

(社会)

​第4代中国新聞社社長。東京帝国大学経済学部を卒業後、父親が経営する(名)中国新聞社へ入り、県政記者などを担当していたが、

昭和19年3月召集令状が来て呉海兵団へ入隊、主計兵教育が終わって挑戦した短現(短期現役士官)に合格、第12期の海軍主計科見習士官として海軍経理学校へ入校。旧広島

総合銀行頭取の篠原康次は同期生。昭和20年3月木更津の第二海軍航空隊に配属され、

佐貫町(現冨津市)の横穴で終戦を迎えている。9月2日に復員、12日付で中国新聞社総務局長事務取扱となり父親実一氏とともに会社再興に没頭、その過程で激しい労働攻勢にも耐える一幕も。昭和33年9月専務取締役、44年社長に就任。広島経済界の有力企業11社で構成する「双葉会」の一員としても幅広く活躍した。平成3年勲一等瑞宝章を受章。

経歴で特異なのは、広島高師附小5年修了で

​広島一中へ、同4年修了で旧制広島高校文化乙類へ進学、自転車通学で3年間無遅刻、無欠席を続け卒業時には皆勤賞を受領している。同期に永野巌雄(広島県知事)、1年後輩に松谷健一郎(中国電力会長)、2年後輩に山内敇靖(広島ガス会長)氏等。

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