top of page
​大正14年卒の人物
※下線のある名前クリックで画面TOPになります。
金井清

​(社会・教育)

地震工学者。広島高等工業学校電子工学科を卒業、同校助手を経て1934年に東京帝大地震研究所助手。広島への原爆投下後、爆心地の推定作業の調査に当たり、熱線による影の方向を基礎データとして上空570m(±20m)で炸裂と発表。戦後は構造物の敷地基盤における地震動の強さの計算式(金井式)や常時微動の測定法を開発し、東京大教授や日大副総長などを歴任。地震学会会長や多数の政府審議会委員も務めた。
2008年(平成20年)4月没。

金井
神川
神川茂紀

​(軍人・政治)

海軍兵学校56期卒。軍艦(砲艦)保津艦長、中佐(軍令部)。戦後は広島県議会議員を務めた。1945年8月8日「特殊爆弾調査団」の一員として広島市内を視察している。

木村忠二郎
​(行政)
木村

​厚生事務次官。東京帝大法学部卒業、内務省入省。厚生事務次官当時、国際的視野が非常に広く、葛西嘉資と共に戦後厚生行政を担った。退官後は民間社会福祉に尽力。日本社会事業大学理事長、大学長。

1978年(昭和53年)没。

木本誠二
​(医療)
木本

心臓血管外科の権威。東京帝大医学部卒、東京帝大病院塩田外科などを経て1944年同助教授。原爆投下直後の広島で、都築正男教授らと被爆者の健康調査に関わった。1952年東大教授、1965年東大病院長。退官後は三井記念病院院長。
1995年(平成7年)没。

熊野徳次郎

​(行政)

熊野

​東京帝国大学法学部卒。内務省入省、愛媛県警察部長(経済部長兼任)、奈良県地方事務官警察部長、岡山県警察長、大阪府警察本部長など歴任。退職後は関西経済開発連合会に務めた。

田部文一郎

​(経済)

田部

​東京商科大学(現・一橋大学)卒。1928年三菱商事入社。日米開戦時ニューヨーク勤務のため抑留され、1942年交換船で帰国。財閥解体の後、新日本通商専務、東西交易常務を経て1954年の大合同で三菱商事機械第三部長。1957年米国三菱社長、1974年三菱商事社長、1980年会長。日本商工会議所副会頭も務めた。

2002年(平成14年)没。

bottom of page