​昭和23年卒の人物
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井上義國

(社会)

 

京都大学法学部卒業。大阪金属工業(現・ダイキン工業)副社長などを経て平成6~8年副会長。平成17年6月に顧問を退任。関西経済同友会代表幹事や関西経済連合会常任理事などを歴任し、平成6~27年に太平洋人材交流センターの理事長、会長を務めた。

著書に「あの日」前後 広島原爆記がある。

重松良典

(スポーツ)

 

慶応大学卒。サッカー日本代表。日本サッカーリーグ(JSL)創設に関わり、ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)社長を務めた。日本プロ野球界に転じ1970年代の「赤ヘル旋風」時の広島東洋カープ球団代表としても著名。。

2018年(平成30年)没

 
​吉村仁

(政治)

旧制広島高等学校(現・広島大学)を経て​東京大学法学部第3類(政治コース)卒業後、旧厚生省に入省。薬害エイズ事件当時の薬務課長で、以降一貫して医療保険政策に携わった。1957年、医療課で「国民皆保険」制度導入に関わり長寿王国の基礎作りに貢献。1979年社会保険庁長官、1982年保険局長。超高齢化社会到来を見据え、医療費増大は国を亡ぼすと憂慮して健康保険制度の大改革をライフワークに定めた。1983年、「医療費亡国論」の論文を発表。日本医師会や自民党内部、野党からも猛反発を受けたが屈せず、厚生省主導で聖域化されていた医師優遇税制の改革にメスを入れた。1984年の健康保険法改正で、無料だったサラリーマンの医療費に1割の自己負担を導入、浮いた財源で新たに退職者医療制度を作る仕組みを打ち出し、健康保険制度創設以来ともいえる大改革を実現させた。1984年事務次官、1986年退官したが、同年10月死去。肝臓がんの治療も先延ばしするなど命を懸けた改革だった。
1986年(昭和61年)没

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