​明治30年卒
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末次信正
(軍人・政治)

海軍兵学校、海軍大学校を卒業後、潜水艦戦術で頭角を現し、『筑摩』艦長、第1潜水戦隊司令官、海軍大学教官、教育局長を歴任。その後、第2艦隊司令長官を務め、さらに横須賀鎮守府長官、軍事参議官を歴任。第1次近衛内閣の内相に就任する。のち大政翼賛会中央協力会議議長となる。

​1944年(昭和19年)没

 
米元晋一
(社会)

​東京帝国大学土木工学科を卒業後、東京市技師となり日本橋(石造りアーチ橋)の構造設計のほか、日本最初の下水道処理施設などにも携わる。

​1941年(昭和16年)没